近藤節夫

学生時代に60年安保闘争、その後ベトナム反戦運動、沖縄返還闘争に参加。ベトナム戦争と第三次中東戦争の戦乱の渦中に飛び込み、アンマン市内でヨルダン軍兵士に身柄を拘束されたことが、現場の臨場感を重視する原点となった。40年間鉄道業と旅行業に携わった後、著述業に従事。高校時代はラグビー、大学では登山活動に熱中し、海外渡航歴約200回、訪問国71カ国、「世界遺産」見学150ヶ所、地上最高到達地点は5,000mを超え、地下は1,700mまで潜る。「プラハの春」20周年デモ、トルコ大地震、海外ホテル火災などに遭遇した、稀有にして多彩な体験を活かし、広く観光振興に関する提言を行っている。
日本ペンクラブ会員、JAPAN NOW観光情報協会理事、ふるさとテレビ顧問ほか。寅年生れの江戸っ子で父方祖父は元武士、母方祖父は日本画家・川合玉堂の一番弟子。著書「新・現代海外武者修行のすすめ」(文芸社)、「停年オヤジの海外武者修行」(早稲田出版)ほか。
溝江玲子

山羊座で12月27日生まれ。
職業はと聞かれると答えがいく通りも出てきます。一番格好よく答えると、作家かな。絵本、児童文学、論文、エッセイなど30数冊を出版。
日本ペンクラブ会員・日本放送作家協会会員・日本児童文学者協会会員・NPO法人知的生産の技術研究会会員・他。
作家の藤本義一が大阪で主宰、総長をしている心斎橋大学で絵本・児童文学創作講座の講師、奈良イトーヨーカドーの童話・エッセイ講師でもあります。その他「FMわいわい」パーソナリティとしても活躍中。またミュージカル脚本も執筆。インターネットで絵本屋さんも開店しています。
へこんだときに呟く言葉は「人間 万事 塞翁が馬」。これで、幾多の試練を乗りきってきたのです。
水谷弘隆

斎藤道三、織田信長の居城岐阜城(稲葉山城)を見上げ、長良川の清流に抱かれた風光明媚な岐阜の町に育つ。
大志を抱いて北海道大学にて東洋史を学び、卒業後は約18年間旭化成にて住宅事業に従事する。30を過ぎた頃から日本的大企業の組織(均質なムラ社会)に埋もれつつある現実に疑問と危機感を抱き、一念発起して独学で英語を習得。また中小企業診断士の資格を取得したことがきっかけとなり、サラリーマンと社外活動の二刀流を目指す。
37~38歳のときイギリス・サザンプトン大学へ子連れで留学し、MBAを取得。ハードワークを完遂したことと貴重な海外人脈を得たことが大きな自信となった。40歳にて外資系大手医療機器会社へ転職(現職)。仕事は前職~現職を通じて調達・購買畑。知研歴は浅く、若手(?)の部類に入るようだが、これから活動にどんどん参画していきたい。趣味は音楽鑑賞(ジャズ狂が高じて、最近ついに念願の楽器を手にし、40の手習いでテナーサックスを始めた)、自転車、山歩き、歴史など。最近は長男の少年野球で忙しい。目標は自著の出版。
岩瀬晴夫
35年以上前の東京でのこと。300枚以上の図面を数人が1ヶ月以内で描くことになりました。さてどうするか?
「計画の科学―どこでもつかえるPERT・CPM」(ブルーバックス、1965)に載っているパート法に始まり、KJ法の川喜田二郎「発想法」「続発想法」(中公新書、1966、1970)、そして梅棹忠夫特別顧問の「知的生産の技術」(岩波新書、1969)にたどり着きました。
その過程で知った「知的生産の技術研究会」なるもの。一体何ぞや?
研究会という名に恐れを感じ、ビクビクしながら電話をしたところ、おじさんが電話口で「講演会にいらっしゃい」という。
そのおじさんが八木哲郎会長でした。八木会長とビジネスのギャップ。そこが知りたくて講演会に出かけ続けました。講演で身近に感じた演者の著書を読み外の世界を知りました。今は北海道の地で、知のフィードバックをしています。
池中万吏江

お遍路さんの笠には、同行二人と書かれている。それは、「あなたと仏様は何時もご一緒です」と言う意味である。それからヒントを頂き、一人で夢の実現に息切れし、失望している人の応援者として、同行伴走すれば、良いではないか?と思い、様々の人々の伴走を、手伝って来た。
現在、経営コンサルタントとして、会社経営、社長一年生の為にデジタルサイネージ、デザイン手法による、自ら開発した「ハイパーマインドマップ」をツールにして指導、経営手法、ブランディング、営業等数々のノウハウ、必要に応じて、弁護士、税理士、公認会計士等の面接同行、内容,解説、共に考え実践指導を行う。
会社のプロダクション化研究、3~4社をメディテーションし協力、レベルUPされる様指導。市や区、シンクタンク又は学校PTA等の講演で、「新家事」超ライフハック、ステラー(捨てる推進者)ステリスト(捨てる指導者)養成。どこでも書斎iPhoneの研究、感謝、感激、感動の日々を送る。
常富博史

「一日一図」で1万図の旅人。福岡で《図解思考塾》を主宰。ブログ版『一日一図』は、2009年11月17日で連続800図達成。週刊メルマガ『4コマ図解・読書録゛(ログ)』(2008年創刊)は、同年のまぐまぐ大賞新人賞ノミネートメルマガ。日刊メルマガ『一日一図@図解思考塾』(2009年1月1日創刊)は、年中無休で毎朝5時配信中。
知研との出会いは2003年、久恒啓一氏(知研理事長)の著書との出会いがきっかけ。その後、2006年に図解思考塾を立ち上げる。2007年8月の久恒啓一図解学校入学時に頂いたサイン本に「一日一図」と書かれた文字を見た瞬間、雷に打たれたようにこの「一日一図」を実践しようと決意。連続100図を超え、自信が付き、1年が過ぎた頃、自信は確信に変わる。1万日連続ブログ更新(達成は69歳)を公言し、日々研鑽を続ける。行政機関をはじめ、大学や企業等でも研修・講演活動中。夢は『理想の大学』を創る事。
横野洋卯子(よこのようこ)

東北大学医学部付属病院 放射線科実験助手を経て、食品製造販売会社、流通業人事部、外資系損保会社などに勤務、99年外資系中心の生損保代理店(有)パスポートフィルを設立。以来同社代表取締役をつとめる。その間「ライフマネジメント」の重要性を強く感じ、03年にはキャリアカウンセラーの資格を取得。「天職探し」「自分探し」の為の活動を積極的に行う。また「図解コミュニケーション」など、キャリア教育関連の研修、講演などもこなし、04年には共編著「伝える力」を出版。この間、宮城県サービス向上委員会委員、旧古川市農業審議委員、宮城県中小企業家同友会仙台支部理事などを歴任し、現在はNPO法人知的生産の技術研究会理事、NPOキャリア開発研究機構理事、(株)団塊世代・活動センター取締役を兼務している。
現在までキャリアカウンセラーとしても高校生から60代の方までの相談を受け、よりよい生き方の探求と次代を担う若者たちを育てることに軸足を置いている。今後は団塊世代の持てる知的な資源を活用し、自分たちも充実した人生を送れるような事業を模索している。仙台市在住。